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NOBORU
YOSHIKAWA
SHINJIRO
YAGI
NOBORU
YOSHIKAWA

八木熊はすごく
ポテンシャルのある会社。
「人」をど真ん中に経営を
進めていく。

八木 信二郎

代表取締役社長


オレゴン州立大学経済学部卒。

大学卒業後、長瀬産業株式会社勤務を経て1992年に株式会社八木熊入社。常務取締役東京営業所所長、代表取締役専務 開発本部長としてキャリアを積んだ後2004年より現職。「120年という歴史は中間地点に過ぎず、まだ見ぬ次の世代に発展形でバトンをつないでいくのが自分たちの使命」と常に語る。

吉川 昇

取締役


金沢経済大学経済学部卒。

1982年の入社から営業職に従事し、2006年に社長室へ異動となる。社長室で経営企画や内部統制などの業務に関わり、2013年より現職。プライベートでは居合道「無双直伝英信流 野村派」の有段者という一面も。

30代後半まで自分の志が
決まっていなかった。

八木:吉川さんって、どういうきっかけで入社されたんですか?

吉川:僕は昭和57年入社なんですが、当時は商社が脚光を浴びてた時期でして。単純な比較ですが「メーカーか商社か」という選択でいうと商社に入りたかったんですね。作るより売るという会社に。それと、自分で言うのもなんだけどガキ大将気質でしてね(笑)。母が心配して「すばらしい社長がいる」って八木熊のことを教えてもらったんですよ。ガキ大将だったんで、リーダーにはちょっとこだわりもあったと。「すばらしいリーダーがいるなら一度見てみよう」というところから、運良く八木熊に入社できたというわけです。

― 入社後はどのような部署で仕事されたんですか?

吉川:営業職採用で半年ほどは先輩と一緒にお客様先を回ったんですが、金沢営業所で欠員が出たというので急遽異動になりまして。まあ、当時の風貌からでしょうか3年間は配達業務担当で。その後は、繊維部門に非繊維部門と、八木熊のいろんな事業の営業をさせてもらいました。ゼネラリスト的な経験が自分の成長につながってますね。

― 取締役に就任されたのは何歳の時だったんですか?

吉川:50歳で取締役になりました。

八木:50歳で取締役って早いですよね。会社としては、吉川さんの勉強家としての側面を見たんでしょうね。すっごく本を読むでしょ?

吉川:好きですね。もともと2週間で10冊読もうという目標で始めましてね。以前よりかは減りましたけど、今も2週間で5~6冊のペースで。

― 特にどんなジャンルを?

吉川:ここもゼネラルにといいますか、品質保証や内部統制のようなビジネス実務とか、会計、法律関係も。哲学や歴史、経済、伝記も含めていろいろ読んでますね。

八木:吉川さん、忙しくて本を読んでる時間なさそうですけど。

吉川:時間は自分でつくるもんですよ。トイレでも読んでます。

― 時間が限られているので、仕事のヒントになりそうなものを絞り込んで読んでいたりするんですか?

八木:仕事に役立つとかというような基準じゃなさそう。人間としての幅を広げるために本を読んでいるという気がします。仕事を基準として読書を捉えてないでしょ? 吉川さんって。

吉川:そうですね。会社を退職する1日前までは仕事に全力を尽くし、仕事を終えたら次の人生の目標に向かおうと。人生の計画は具体的に立ててますね。30代後半までは自分の志がこれといって決まってなかったんですが。

八木:30代半ばで自身の人生を見つめ直して一念発起して、2週間に10冊本を読もうという実践を始めたわけですよね。別に、会社内で偉くなるためにというわけじゃなくて自分の成長だけを考えた。そして、リーダーになった時それが花開いた。吉川さんが社長室を経て今のポジションに就いたのは必然だったと思うんですよ。未経験の物事に当たっても、2週間に10冊本を読める人なんだからできるだろうと。会社が、吉川さんのことを勉強家だと分かっていたから。

八木熊を一言で言うなら
「オアシス」。

― お二人のそれぞれの印象について伺いたいのですが、吉川取締役から見て八木社長の性格はどのように映っているのでしょう?

吉川:10年以上社長の横にいて僕しか知らない面もあるとは思いますけど(笑)、会社のなかでは明るく前向きで太陽のような存在ですね。誰もがその印象を受けるはずです。胸襟を常に開いていると言いますか、どんな方も呼び込める面も持っている。これは他人と違うものではないかと。一方で、義に篤いけど頑固なところもありましてね。一度決めたら動かない性格なんですよ。これがなかなか(笑)。

八木:吉川さんは「自分」というものを持っている人ですね。しかも、決めたことはとにかくストイックにやる。高い理想も掲げる。僕に振り回されても逆に振り回してね(笑)。絶対に「できない」とは言わないから、僕より頑固ですよ。たぶん。

吉川:連歌ってあるじゃないですか。上司と部下ってそうやって歌を紡ぐような関係じゃないかと思ってまして。10年付き合うと「こうやって上の句を詠んでくるな」と先読みして下の句準備しておくというようなね。

八木:「こんな句を詠んでくるだろう」じゃなくて「こんな句を詠ませよう」だったりしてね(笑)。

吉川:いやいや、それはないですよ(笑)。

― 八木熊での吉川取締役のキャリアは35年ほどになるわけですが、この会社の社風をどのようにご覧になっていますか?

吉川:最近の日本の会社って「欧米型」が多くなってきた印象がありますね。目的を達成するための手段として会社を使うというか。手段に徹していて人間関係というより契約関係で成り立っている。その点、八木熊は全然違いますね。もちろん、経営理念のために動いてはいるんですが「同じ釜の飯を食う」という仲間意識が強くて。八木熊を一言で表すと「オアシス」なんじゃないかと。いろんな個性が集っていて、めいめいが外に向かって戦いに行く。戦いを終えた人たちがフッと戻ってこれるオアシスのような居心地の良さがあるのではと。

― 吉川取締役は欧米型というより家族的な会社の方がいいと思っていらっしゃいます?

吉川:そりゃ絶対に強いですね。仲間意識があるからこそ共同体の中で大きな仕事ができるし、ダイナミックなイノベーションも起こりやすいのではと思いますね。中長期を見据えた動きもできますし。当社の経営の目的というのが二つあって、一つ目が「全社員とそのご家族の成長と幸せを実現する」なんですね。これを先に持ってきているのがすばらしいなと。

八木:当社の行動規範に「ひとりはみんなの為に、みんなはひとりの為に行動する」というのがあるんです。人間って利己的なのはダメで「利他的」でないといけないと書いてある。でも、例えば「子どものために寝食を忘れる」という話でも、自分が食べない寝ないということをしたら生きていけないのも事実としてあって。自分にとって一番大切なことを分かった上で足るを知り、他人のために犠牲を払える意識が大切だなと。インタビュアーの方から見て八木熊ってどう見えます?

― 一体感はいろんな場面で感じますね。それと、みなさんが八木社長のことをすごく好きだということも。

吉川:本当に太陽のような存在なんですよ。社長の下にいるとみんな温かく守られるというような。

八木:八木熊っていろんな要素を持ってまして、家族的な社風があったり昔ながらの会社が持つ重厚さがあったり。120年の歴史があるから非常に保守的かというと、そうでない面もある。社員は「古いだけの会社じゃなくて、新しいこともやってるじゃん」みたいな印象を持っているんじゃないかと思う。

吉川:他の会社の方からは八木熊の中身が分かりづらいかもしれないんですが、学生にとっては玉手箱のようなものだと思いますね。昔ながらの雰囲気を持ちながら新しい風も取り入れる。いろんな個性を持った人もいる。事業面でも「メーカー×商社」という形態で、繊維・樹脂・ブランド・OEMとさまざまな製品を扱う。販売先もB to BだったりB to Cだったり。

八木:八木熊は近年「刷新」というテーマを掲げているんです。「刷新」にはいろんな意味を込めていて。いいところと悪いところがあれば悪いところを変える。昔は良かったけど、劣化したところがあれば変える。昔は良かったけど、今の時代に合っていなければ変える、と。製品、ビジネスモデル、社風、慣習、システムと刷新すべきことがたくさんあるのは事実なんだけど、変えることを前提とすれば「伸びしろ」があるという見方もできる。

社長就任時、
猛獣使いの気持ちになった。

― 八木社長の生い立ちにも興味があります。生まれた時から「いずれ八木熊を継ぐだろう」という道筋がある人生で、どういう教育を受けてこられたのかと。

八木:一つ言えるのは、親父(先代)がめちゃくちゃ厳しい人だったということですね。とにかく殴られた(笑)。友だちと遊びに行って約束の時間に帰ってこなくて「遅い」と殴られ、宿題をやらずに殴られ、風呂場の石けん箱にたまった水を切らなかったら風呂場から呼び出されて殴られ……柱に傷を付けたら「私邸であっても、売らなあかんときに価値下がるやろ」と言われて殴られたこともあったな。

― 子どもにそこまで理解しろというのはなかなか……。

八木:でも、成長していろんな経験を積んで、同じ社長というポジションになるとボディブローのように効いてくるんですよ。当時の記憶が。いわゆる帝王学なんてほとんど聞いてなくて「約束を守れ」とか「もったいないことするな」とか「家を売ることになったら大変やぞ」とか、そういう他愛ない会話が効いていて。「今、親父が生きてたらどう言っただろうな」と。吉川さんの家は商売してました?

吉川:私が30代後半頃まで、母と妻がしてました。

八木:「家を売ることになったら大変」なんて教育は、サラリーマンとか公務員の家ではほとんどないんじゃないかなと思う。そういう意味では帝王学かもしれないけど、俗に言う高邁な帝王学はなかったな。「人として正しくあるにはどうあるべきか」みたいな話が多かった。

― 先代から社長職を継いだ時は、どんな心境だったんですか?

八木:すごく覚えてるのが……猛獣使いになった気分だった記憶で。サーカスの猛獣使いって迫力あって人気あるでしょう? 猛獣は身体能力が高くて怖いですから。八木熊の社員って優秀で潜在的に地頭良くて個性的で、社長になった時それをどう操るかという緊張感がありましたね。「緊張感を持って臨まないとケツ噛まれるぞ」みたいな(笑)。考えの浅さを見透かされて言うことを聞いてもらえなくなったら会社が崩壊するわけで。

― 真横に、まさに猛獣的な存在の方がいらっしゃるようですけど…… 。

八木:吉川さんは違うんですよ。女房役というかアシスタント役になって猛獣を止めてくれる。昔はヤンチャな猛獣でしたけど(笑)。

― 今も猛獣使いという意識をお持ちで?

八木:今はあんまり意識してない。揃ってきたのかな、社員の考え方が。

吉川:そうでしょうね。

八木:僕に対して「噛み付いてやっつけよう」みたいな荒っぽさじゃなくて、何とかみんなで支え合おうとか、何とかこの会社を良くしてみんなで幸せになろうとか、そういう意識に向かっているように感じます。

吉川:個人的に、企業というのは「命(=理念・社風・のれん)」と「構造(=制度・仕組み)」という両輪でできていると思うんです。その両輪に当てはめると、先代までで作り上げられた「命」を受け継ぎ、この10年ほどで社長が「構造」を作ってきた。社員の意識が同じ方向に向かうというのは社会の変化についていけない危うさもはらんでいて、命と構造を再び変える時期に入って行かざるを得ない。

八木:それが「刷新」というテーマですよね。

吉川:既存のものを壊す時というのはいろんな反動が出るものでして。これからまた猛獣が出てきて(笑)、会社のなかが楽しくなるんじゃないかと思いますね。

八木:八木熊って非常にポテンシャルを持った会社だと思いますね。人、ビジネスモデル、仕入れ先……といろんな面でポテンシャルがあるというのが。法治国家なのでルールは絶対守らないといけないし、間違っていたとしてもルールは守らないといけないんだけど「このルールっておかしいんじゃない?」という発言を受け止める懐の深さを持っているのが八木熊。やりたいことができる可能性があるのが、この会社で働くことの魅力だと。

吉川:さっき「玉手箱」という話をしたんですが、ポテンシャルがある会社だから中に入って箱を開くとびっくりするでしょうね。そのポテンシャルが単純に散在しているわけでなくて凝縮しているという。その魅力を本当の強みにつなげていくのがこれから重要になるのではと。

八木:社員同士仲が良くて人間関係もいい方だと思いますよ。従業員規模でいうと小さい方の会社だから総じて人間関係が良くてね。離職率が極端に低くて、辞める人がほとんどいないのもポイントで。社員の平均年齢がだいたい40歳で、社歴でいうとど真ん中の年代でしょ。平均年齢の若い会社からすると年齢的に高いかもしれないけど、誰も辞めてないと見ることもできるわけで。

― 社員の話でいうと、ズバリ「八木熊人」ってどういう人だと思われます?

八木:価値観を共有できる人。主体的に行動できる人。元気な人。これが「八木熊人」ですね。これからさらに人をど真ん中にした、人にスポットライトを当てた経営を進めていきますよ。八木熊人の成長が八木熊の成長の源ですから。八木熊の今後を一言で言うと「面白い」、これに尽きます。

吉川:企業の変化はだいたい10年単位で変わる、というのが僕の考えで。八木熊120年の中で12回くらい会社の姿が変わっている意識でいるんですよ。それがあったからこそ歴史をつないでいけたのではと。

八木:時代の変化や要請と共に八木熊は変わってきたわけでね。名刺に「120年」って書いてあるから「すごいですね」ってよく言われるんですけど、僕いつも「すごいですよね!」と返すんですよ(笑)。120年ずっと自分がやってきた会社だったら謙遜もするけど、先輩方の偉業に対してへりくだってもしょうがないでしょ? だから純粋に「すごいですよね!」って。